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Record Details


くるり 学(まなぶ)の 牛津録
Record #: 04-1

Title: 「クリスマスの話」(前半)

Issued on: 2001年12月21―22日
Last modified: 2001年1月6日

メルマガで発行したモノを、加筆修正して、随時ここにアップしていきます。



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◎編集後記

メルマガ版で、2回に分けて発行した物を、一つにしてみました。ということで、以下、2回分の後記です。


 どうも、発行人のくるり学(まなぶ)です。もうすぐクリスマスです。年末・年始のお休みも少しづつ近づいて来て、さて今年はどうしよう、と心は弾む一方ですが、さてさて。

 第三録の話を既に半分以上書いているのですが、意外に筆が進まず、忙しさに忘れていて気付くともうすぐクリスマス。慌てて、ぼんやり浮かんでた第四録用のお話を書き始めました。全然、書くスピードが追いついてないので、順序がおかしくなりますが、取りあえず第四録先行発行することにしました。多分、三回物になると思いますが、この一週間の内に、全部発行したいと思ってます。次号以降に登場する後半のお話、是非是非お待ち下さい。

 登録読者様の数も、随分落ち着いて来ました。四桁になったら、まぐまぐサイトに公開している物を、最新号だけに限定しようかと思ってたのですが、どうやら全然届きそうもありません。暫くは、バックナンバーも随意にまぐサイトで見れますので、ご愛読ください。

 次号は、そういうことで「クリスマスの話(二)」です。エッセイ風味。


 どうも、発行人のくるり学です。クリスマスは刻一刻と迫ってきます。それまでに最終回を発行する予定です。話を終わらせようと、もがけばもがくほど、どんどん長くなって行く……。前号後記でも書きましたが、第三録の話は第四録の後に発行予定です。ディナー・パーティの話は暫くお待ちください。

 登録読者様の数が、少しだけ減って意気消沈してます。三、四人だけなんですが、やっぱりだらだらと先が見えない前号は、まずかったろうか。全部書き終えて推敲した方が良かったのかな、うーん、それはホームページの方に期待してください。半年後くらいに。

 次号は、そういうことで「クリスマスの話(三)」です。過去最長。話にケリは着くのか! そもそもつけるケリなんてあったのか! 次号必見!

 メールで質問など送って下されば、文章の中でちょこちょこ応えていこうと思ってますので、皆さんどしどしメール下さい。個別に返信できる自信は余りないです(汗)。

by Kururi
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      !!無断転載厳禁!!     
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発行者名:くるり 学 (kururi@lycos.co.uk)
マガジン名:英国留学 牛津録
発行周期:ほぼ隔週刊(不定期って申請したのに[泣])
発行人サイト:http://members.tripod.co.uk/kururi/
(C)M.Kururi, 2001. All rights reserved.
このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して
発行しています。http://www.mag2.com/ (マガジンID: 0000080277)





SIDENOTES




Body


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■DOMI|MINA■  くるり学 の                ■■■■
■ NVS|TIO ■          牛津録           ■■■■
■ILLV|MEA ■        oxford  record         ■■■■
■ |VVV| ■                第四録の一   ■■■■
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●第四録「クリスマスの話」(前)

  町の中心部には、一本の賑やかな道――ハイ・ストリート――が通る。
 スターバックスやGAPなど、比較的清潔かつ高価な系列店が、その両側
 に軒先を並べ、周辺を、マグダレンだとかオールデート、ジョージやマイ
 ケルと言ったメジャーな名を冠するストリートが埋め尽くして、不規則な
 網の目を形作る。これが典型的な英国の街並みだ。
  グロースター・グリーン・コーチ・ステーション@オックスフォード。
 中心部に程近い場所から出発したコーチは、仲間の目印を辿るアリンコの
 様に不規則なルートを通り抜け、やがてハイ・ストリートへと躍り出る。
  元々、人を運ぶ馬車、その客車部から転じて、長距離バスを指すように
 なった語“コーチ”は、ここでは明確に“バス”と区別される。この国で、
 バスとは、一〇分とか二〇分とか平気で遅れ、珠に車内の後部座席の方で、
 薄汚れた兄ちゃんがスペシャルな煙草をせっせと巻いてたりする、僕に言
 わせれば『鉄製の巨大ハムスター』だ。よくグルグルと同じ所ばかり回っ
 ている。餌がやたら高価なこと、傍迷惑なオナラを出しすぎる所は似ても
 似つかないけど。
  そのグルグルの真ん中辺り、町の中心部から始まるハイ・ストリートを
 東に下って行った所、クイーンズ・カレッジの前で、僕はコーチを待って
 いた。この寒空の下、煙草を一本吸いながら、長くもない行列で寒そうに
 ロンドン行きのコーチを待つ。一時間半でロンドン中心部に乗り入れるそ
 のコーチは、遊び盛りのオックスフォード人が、着の身着のまま乗り込ん
 でくる、言わば大都市へのパイプラインなのだ。時折、行列の中に紛れ込
 む大荷物の人々は、そう言う訳で、一見して旅行者だと分かってしまう。
 どの停留所で待てば良いのかとおろおろする集団は、尚更、周囲と際だっ
 て見える。そして、僕の行列にもそう言う人達が数人紛れ込んでいた。目
 の細く髪の黒い、肌は白でも黒でも褐色でもない……日本人。
 
  女の子二人と、その親二人。どうやらロンドン行きのコーチを探して、
 まだ何処かおぼつかない。年頃の女の子の内一人が、熱心に時刻表等を眺
 めている。暫くして、彼女がぽつりと言葉を発し、ようやく一団は落ち着
 いた様だった。彼女は語学留学でもしていくらか慣れている感じが伺える。
 日本で言えば、大学に入り立てと言った感じで、若く、更に重要な事に、
 少しかわいい。重要である。この四文字に下線でも引いておきたい。とこ
 ろが、いつもならそれにつられて機嫌の良くなる現金な筈の僕は、英国の
 生活様式に慣れたか何かで、何故だか現金さを失っていた。お金はカード
 か小切手でってな感じ。これもまた重要である。何故かは分からない。そ
 れが文化って物だ。
 気の赴くまま、その子を眺めたり、少し考え事をしてたりすると、又ぞろ
 ミニ日本団が浮ついてきた辺りで、目的のコーチが滑り込んできた。 
 
  その瞬間、停留所で待っていた人々の目が妖しい光を宿した。瞬時に見
 合ったお互いの目を確認して、ルーズに出来上がっていた行列の順番を再
 確認する。
 「君は、僕の後ろじゃなかったかね」と目配せすると、「そこの女の人の
 後ろです」と目で答え返す。
  女の人に目をやると、「あなた、私を前にしてよ」アンド・ウィンク。
 きりりとした目で「了解。できればロンドンでお食事でも……」という前
 に、女の視線は別の所へ。
  憤った男はさっきより強い視線で、「そういうことで、女の人の後ろじ
 ゃなく、俺の後ろだ」と、最初に目配せした相手に確認の信号を送る。
  待ち時間の長い、ロンドン行きコーチ停留所には、こう言った暗黙のル
 ールと空想のやり取りが存在する。
 
  ところが、突然それを蹴破る荒ぶれた魂がここに存在していた。おっち
 ゃんである。ドアも開いてないし、運転手もまだ出てこないのに、日本人
 のおっちゃんが、行列を無視して、ドアの前までラッシュする。出てきた
 ばかりの運転手のおっちゃんに話し掛けて、ロンドンに行くのかどうか、
 だとか、行くなら何処で止まるのか、だとか。バスの真横に書いてある2
 m長のLONDON(ロンドン)という文字を無視して、取り止めの無い
 会話を始める。
 「だからどこに行きたいんだ」少しロンドンなまりの入ったイギリス英語
 で、その運転手はぶっきらぼうに尋ねた。
 「ロンドン、ロンドン」と、おっちゃん達は繰り返すのみ。すると、例の
 女の子が
 「ヴィクトリア・ステーション」と、すっきりとした発音で答え、運転手
 は
 「分かった」と一言だけ残し、コーチ横まで歩いて行った。
  彼らのため、そこにある荷物収納口を開けようと、すたこらその場を離
 れただけなのに、一団はまだあーだこーだと言っていて、煮え切らない風
 に意味の無い会話を繰り返そうとするので、たまらず僕が間に入ることと
 なった。
 
 「OK、OK。ヴィクトリア・ステーション?」
  彼らは声を揃えて「イエス」そして僕はOKとだけ繰り返し、一応、運
 転手に終点の名前を確かめておいた。すると今度は僕に、「ヴィクトリ
 ア・ステーション?」と繰り返し聞いてきた。しかも、妙な英語口調で、
 尻上がりの発音で。これにはちょっとまいった。思い切り日本語読みでO
 Kを連発し、終点がヴィクトリア・コーチ・ステーションであることを確
 かめたのにも関わらず、その両方とも理解してくれていなかったのだ。ロ
 ンドン行きコーチには二種類あって、どちらも終点はヴィクトリア・コー
 チ・ステーションで、彼らの目的地が、例えヴィクトリア・ステーション
 (鉄道駅)でも、そこから歩いてたった五分の距離なのだ。一つ前の停留
 所で降りれば目と鼻の先。人の話は、取り敢えず聞いて欲しい。大陸ヨー
 ロッパ人よりましと言えばましだけど……。
 
  結局、「鉄道駅は、終点の一つ手前ですし、終点から歩いても行けます
 よ」と丁寧に答えたら、少し唖然とし、それからアタフタとしながらも感
 謝の意を表された。
  それにしても、そんなに僕は日本人に見えないか?
 
  ハイ・ストリートに佇んだままのコーチに、勢い良く僕は乗り込んで、
 ガラガラの二階席、真ん中辺り陣取ってそそくさとコートを脱ぎ捨てる。
 椅子にどっかりと腰を下ろすと何だか眠い。何か話したげに、近くの席を
 選んできた例の一団を気にも留めず、早くもうとうととし始めてしまった。
 昨日までの疲れが少し……。窓の外には、いつものクイーンズ・カレッジ
 が薄暗い空の下にあって、窓に反射する例の女の子は、一つ前の席、耳に
 馴染む言葉で、楽しげにクリスマスのことなんかを喋ったりしている。日
 本人の女の子の喋り声が何だか懐かしい。そう言えば、もうすぐクリスマ
 スだった。
 
   *  *  *  
 
  夕方過ぎの暗くなりきった頃、例えば午後六時半、人通りの多い街角で
 待ち合わせた後、数週間前から予約していたフレンチ、もしくはイタリア
 ン・レストランへ、車で小一時間のドライヴ。赤と緑のキャンドルが灯る
 中、料理を食べ終えた二人は、ちょっと気恥ずかしそうに、これまた数週
 間前に予約していた風を装って、赤や緑でラッピングされたプレゼントを
 手渡す。男にとってはやっとのこと、女にとっては突然の、キスを要求し
 たりするが、女に簡単にあしらわれる。
  食事も全て食べ終えた後、おもむろに上気した顔で、男はポケットから
 騒々しい金属物を取り出す。
 「今日、ホテルの部屋を取っといたよ」と、テーブルの上に部屋の鍵を転
 がして言う。女は少し照れた感じで、
 「えー」と言うと、男は思う。君が、そこのホテルが良いって言ったんじ
 ゃないか……でも可愛い、と。
 「今夜は僕が花火を咲かせるよ」唐突な言葉に女は聞き返して、
 「花火?」と目を密かに輝かせる。
 「そう。ちょっとパチパチ言う感じの」
 「線香花火かい!」男はたじろがずに続けて、
 「それともう一ダース分の打ち上げ花火をね」それで女は堪らず声を上げ
 て、
 「いや〜ん」
  ファック。
  後ろの方に妙な話を加えすぎたけれど、日本のクリスマスのイメージと
 言ったら、大体こんな感じじゃないだろうか。
  これと、ここ英国も含む、ヨーロッパのクリスマスは、実は山の手線7
 週ぐらいの違いがある。時差にしたら、およそ9時間くらいだ。日本の商
 業主義的イメージに先導された、こうした変テコリンな東アジアのクリス
 マスとは別に、この祝日には、宗教的側面が存在している。キリスト生誕
 日、つまり聖夜として。
 
  朝、起きて朝食を摂りに食卓へ現れると、他の家族も同様、眠そうにし
 て席に着いていく。久しぶりの一家団欒をまどろみの中で迎えた後、テキ
 パキと小奇麗な服に着替え、教会へと足を向ける。朝の礼拝を終えて帰宅、
 もしくは近所・親類との世間話を適当にこなし、家でゴロゴロと夜の礼拝
 までの暇を潰す。日も落ちて、大層なご馳走たちも四、五人がかりで問題
 なく平らげた後、間を置かないで、再びいそいそと家を出る頃には、町中
 から人が教会に集まり始める。
  出入り口では、信仰深げな神父が佇み、気さくな感じの挨拶を、次々と
 町の人々に投げかけていく。入口の人気が途絶えてきたら、いよいよ『キ
 ャロル・サービス』の始まりだ。古英語で書かれた歌詞カードを手に、ほ
 とんど馴染みの無い古い英語かラテン語の歌を、神父と掛け合うようにし
 て歌っていく。時に静かに、時に楽しく歌声を響かせ、教会を祈りの場へ
 と導いて行く。その場も一つのピークを迎えた後、おもむろに神父は、
 “気さくな人柄”らしい冗談交じりの説教を垂れ、そして、用意しておい
 た食べ物を配り始める。ベリーやチェリーのたっぷり入った甘いミンス・
 パイと、それ以上に甘ったるい、しかも暖められた赤ワイン! それらを
 片手に教会を笑い声で包んでいく。……談笑もいつの間にか消えていき、
 人々は、それぞれの家に向けて闇の中へと消えて行く。それぞれの家族が
 集う、それぞれの家へ。待つのはきっと、あの赤ワインに似た、ぼんやり
 とした暖かみと、安らかな、ひょっとして甘い、眠りだけなのだろう。イ
 ギリス人なら、血の静けさ、とでも形容する。
  取り敢えず付け加えておくが、ファックは多分ない。
 
  ここオックスフォード大学にも、もちろんこの『キャロル・サービス』
 は存在する。大学の各カレッジは、大小の違いはあるけれど、各々教会―
 ―チャペルやチャーチ――の類を持っている。そう言った場所が小さけれ
 ば、よく食堂に使う「ホール」で、この宗教的儀式を執り行う。宗教的儀
 式といっても今はある程度形骸化していて、祈ることよりも、一年に一度、
 国民的祝日を皆で祝うという点に重点が置かれているので、日本人だから
 と言って気にしないで、どんどん参加することが可能だ。外国人が神社に
 初詣するのを変な目で見る奴はいないんじゃないかな。
  余談だけど、ここの第一学期(マイケルマス・ターム)は十二月第一土
 曜日に終わってしまう。それから大した暇も与えず、大学生は、帰省、も
 しくは強制退去で、カレッジから追い出されてしまうものだから、クリス
 マスの日にこういった儀式をするのは不可能なのだった。で、奇妙なこと
 に、聖夜の三週間以上前に行われたりする。クリスマスが一ヶ月前から始
 まるってのは資本主義社会共通かな。
 
  こんな具合なので、知っていた人、この話でピンと来た人の御推察通り、
 クリスマスとは日本で言う正月みたいな物なのである。クリスマスとは、
 家族団欒と宗教的信仰心を煽る日なのであって、決して恋人達の日ではな
 い。それだと変人達の日になってしまう。おお、ジーザス・クライスト、
 ブチュブチュ。変人として扱われても文句言えないよ。キリスト者である
 限り。
  キリスト者である限り。
 
   *  *  *  
 
 (つづく)
 
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